目次
はじめに
イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」は、世界で最も美しい水死体の絵だろう。私がこの絵を知ったのは子供のころだったが、当時は「なぜ服を着た女性が川の中で寝ているのだろう?」と不思議に思ったものだ。この絵がシェイクスピアの戯曲「ハムレット」の一場面を描いたものだと知ったのは、それから随分後のことになる。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」 シェイクスピアの四大悲劇の中でも、「ハムレット」の主人公がつぶやく独白は長く複雑で、名言の宝庫となっている。
しかし、本当に問題なのは「生きるべきか、死ぬべきか」ではなく、ハムレット自身の行動のような気がする。
父親を殺されたハムレットは、クローディアス王への復讐を目論むが、そのために取った手段が「狂人を装う」といピントがずれたもの。
その結果、本来の目的「復讐」とは関係のない6人の登場人物が命を落とす。
そして犠牲者の一人が恋人のオフィーリアであり、晴れて世界で一番美しい水死体となったわけだ。(その他の5人はガートルード、ポローニアス、レイアティーズ、ローゼンクランツ、ギルデンスターン)
ではなぜオフィーリアは川の中で死んでいたのか?「ハムレット」の相関図を確認した上で、あらすじをみてみよう。
あらすじ
所はデンマークのエルシノア城。見張りの者たちは、この城に夜な夜な現れる亡霊を目撃していた。
その姿は2か月ほど前に毒蛇に噛まれて亡くなった先代の王に瓜二つ。
正体を突き止めるため、ホレイショー達は先代王の息子ハムレットに事のあらましを伝えようとする。
一方王室では、先代王の弟クローディアスが新たなデンマーク王に即位していた。事もあろうに彼は先代王の妻ガートルードを妃として迎えていた。
ハムレットは、実の母親がまだ夫が亡くなって間もないと言うのに、夫の弟(ハムレットの叔父)と結ばれたことを忌々しく思い、憂鬱な日々を過ごしていた。
そんな折、ハムレットはホレイショー達から父親にそっくりな亡霊の出現を聞かされ、その正体を突き止めようとする。
王の家臣ポローニアスの屋敷では、新王の戴冠式に出席してた息子のレイアーティーズが、留学先のフランスへ戻ろうとしていた。
ポローニアスは息子に留学先では品行方正に暮らすようにと忠告し、別れを告げる。
一方、ポローニアスは娘のオフィーリアに、ハムレットとの関係を問いただす。
実は二人は恋仲であった。しかしポローニアスは嫁入り前の娘が、王子の気まぐれで傷物にされては大変と、今後ハムレットと話をかわしてはならぬと命ずる。
深夜のエルシノア城。亡霊の正体を確かめようと、ハムレット達は待ち構えていた。
やがて甲冑に身を包んだ先代王の亡霊が現れ、息子ハムレットにこう語りだす。
「ある昼下がり、我は午睡の隙に弟クローディアスによって毒を盛られた。そればかりか、やつは王座と我が妻ガートルードまでも奪ったのだ。恨みをはらせ!父の頼みを忘れるではないぞ。誓え!」と。
父親の亡霊から死の真相を聞かされ、ハムレットは伯父であるクローディアス王への復讐を誓う。
「しかし、本当に国王クローディアスは父を殺した真犯人なのか?」ハムレットの頭に疑念がよぎる。
そこでハムレットは、発狂した様子を装い、クローディアスの反応を伺おうした。
ハムレットの異変に気付いた恋人のオフィーリアは、その様子を父親のポローニアスに伝える。
ポローニアスは、娘が自分の言いつけ通りハムレットに冷たい態度をとったため、狂ってしまったのだと早合点する。
一方、王宮ではクローディアスもハムレットの異変を訝り、ハムレットの学友ローゼンクランツとギルデンスターンに、様子を探るよう命ずる。
そこにポローニアスがノルウェーから帰国した使者を連れて現れる。
実はかつて先代ノルウェー王は先代デンマーク王(ハムレットの父親)との一騎打ちに敗れ、ノルウェーは土地の一部を失うこととなった。そのためノルウェー王子のフォーティンブラスが失地奪還を図り、挙兵の準備をしていたのだ。
しかし、帰国した使者の話によると、ノルウェー国王自身はデンマーク侵攻の意思はなく、フォーティンブラス王子の集めた兵を、ポーランド攻略に差し向けるとのことであった。
とりあえずデンマーク侵攻は無いと、一件落着したところで、ポローニアスが例の件を切り出す。
「ハムレット様の狂気の原因は、我が娘オフィーリアにふられたため。悲しみのためご憔悴されたのでございます」
更に、その確証を得ようと「オフィーリアとハムレット様を鉢合わせさせて、陰で様子を見てみましょう!」と提案する。
その会話を、ハムレットは物陰に隠れて盗み聞きしていたのだが・・。
一方、 クローディアスの命を受けたローゼンクランツとギルデンスターンも、ハムレットに近づき様子を探ろうとする。
しかしハムレットは二人がクローディアスの差しがねであることを悟り、真相を語ろうとはしない。
そこへ、旅芸人の一座が王宮へやってきたとの知らせが入る。
ハムレットは一計を案じ、彼らに王殺しの劇を演じるよう命じる。それを鑑賞したクローディアスが本性をさらけ出し、王殺しの確証がつかめると考えたのだ。
ポローニアスとクローディアスは、ハムレットの発狂の原因が恋煩いであることを確かめようと、ハムレットとオフィーリアの会話を隠れて観察することにした。
オフィーリアが一人本を読んでいると、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」と煩悶しながらハムレットが現れる。
ハムレットはオフィーリアを見ると、彼女をなじり、執拗に「尼寺に行け!」と悪態をつく。
ところが、クローディアスはその様子を見て、ハムレットの発狂は失恋が原因ではなく、何か良からぬことを企んでいるのでは?と見抜く。
そこで先手を打って彼をイギリスに追放しようと考えるのだった。
クローディアス夫妻やハムレット達が見守る中、旅芸人による劇が始まる。
ところが劇の内容は王が寝ている間に毒殺されるというしろもの。かつてクローディアスが兄の国王に対して行った悪事そのものであった。ハムレットがクローディアスの反応を試そうと内容を一部改変していたのだ。
クローディアスは劇を見ると狼狽し、席を立つ。一方ハムレットはその様子を見て、クローディアスこそが父王を殺した真犯人と確信する。
その場を立ち去ったクローディアスは、自分の悪行を思い出し懺悔する。
神に祈るクローディアスの姿を見かけたハムレットは、今が復讐のチャンスと思うものの、「懺悔の最中に殺したのでは真の復讐にはならない」と思いとどまり、せっかくの機会をふいにする。
一方ポローニアスは、ハムレットと母親のガートルードの会話を盗み聞きして、彼の狂気の理由を探ろうとしていた。
ポローニアスが壁掛けの後ろに潜んでいると、ハムレットがガートルードの部屋にやってくる。
ガートルードは息子の素行を諫めようするが、ハムレットの粗暴さに身の危険を感じ、「誰か!」と思わず声をあげてしまう。
それを聞いたポローニアスも慌ててと壁掛けの後ろで叫ぶ。「おお、大変だ。誰かおらぬか!」
ハムレットは壁掛けの後ろにクローディアスが隠れていると思い「くたばれ!」と、壁掛けごと剣で突き刺し殺してしまう。
ハムレットは人違いで人を殺し動揺するが、なおもガートルードを罵り続ける。
そこに先王の亡霊が再び現れ、ハムレットに語りかける。
「忘れるなよ、ハムレット!その鈍った心を励ますためにここに来たのだ!母が恐れおののいているぞ。話しかけてやれ・・・」
ハムレットは亡霊が早く復讐をするよう催促に来たと怯えるが、ガートルードにはその姿は見えなず、本当に息子が狂ってしまったのだと思い込む。
ポローニアスの死を知り、身の危険を感じたクローディアスは、今夜中にハムレットを船に乗せ、イギリスに追いやろうとする。
クローディアスは、ハムレットに同行するローゼンクランツとギルデンスターンにイギリス王への国書を持た。
国書にはハムレット殺害の依頼がしたためられており、イギリスに到着するやハムレットは暗殺される手はずとなっていた。
港へ向かう途上、ハムレットはノルウェーのフォーティンブラス王子が率いる軍隊が、ポーランドに侵攻する光景を目にする。彼はフォーティンブラスと自分のあまりの境遇の違いに心を痛める。
一方城では、オフィーリアが精神錯乱状態となっていた。父親のポローニアスがハムレットに殺されたことを知り、正気を失ってしまったのだ。
そこに、父親の仇を取ろうと、息子のレイアーティーズも現れるが、変わり果てた妹オフィーリアの姿を見て、更にショックを受ける。
レイアティーズは、父親がハムレットによって殺されたことを、クローディアスから聞かされ、復讐を誓う。
そこにイギリスに向かったはずのハムレットが、どういう訳かデンマークに再帰国したとの知らせが入る。
実は船が海賊に襲われ、ハムレットだけが海賊船に乗り移り、そのままデンマークに戻ってきたというのだ。(ローゼンクランツとギルデンスターンはイギリスに向かった)
その時ガートルードが現れ、「オフィーリアが小川で溺れて死んだ」と悲報を告げる。
正気を失ったオフィーリアは川辺に立つ柳の枝に花輪をかけようとし川に流されてしまったのだ。
妹の死を知ったレイアーティーズは、一層ハムレットへの怒りをつのら、復讐を誓うのだった。
所は変わって墓場。
二人の墓堀りが、新たな棺を埋めるため穴を掘っている。土からは古い頭蓋骨が掘り出され、無造作に放り出されていた。
そこにハムレットとホレイショーが登場する。
ハムレットは、放り出された頭蓋骨を見て、死者達の生前の姿に想いを馳せる。
すると、棺桶を担いだ一行が墓場に向かってやってきた。
ハムレット達は隠れて様子を伺うが、やがてそれがオフィーリアの葬式だと気づく。
掘られた穴は、オフィーリアの死体を埋葬するためのものだったのだ。
ハムレットはオフィーリアの死を知り、我を忘れて姿を現してしまう。
その場にいたレイアーティーズも、思わずハムレットにつかみかかり、喧嘩となる。
廷臣たちが二人を引き離すが、ハムレットはさんざんレイアーティーズを罵ったあげく、その場を立ち去る。
(オフィーリアの死はハムレットが原因なので、彼がレイアーティーズを罵るのはお門違いも甚だしい。ハムレットはどこまでも自己中心的なボンボンだ)
城に戻ったハムレットはホレイショーにデンマークに帰国したいきさつを話す。
ハムレットは船中でイギリス王への国書を盗み見し、クローディアスの奸計を知る。
国書には「即刻ハムレットの首をはねられたし」と書かれてあったのだ。
そこで彼は国書を改ざんし、自分の代わりにローゼンクランツとギルデンスターンを死刑にするよう書き換えた。
しかしその後、船が偶然海賊に襲われる。
ハムレットは海賊船に移るが、身代金目的で丁重に扱われ、無事デンマークに帰国できたという訳だ。
(一方ローゼンクランツとギルデンスターンはイギリスに渡り、改ざんされた国書のせいで死刑になる。気の毒に・・)
やがてハムレットの元に、クローディアスの使いが現れ、王の依頼をうやうやしく告げる。
賭け事として、ハムレットにレイアーティーズと剣試合をしてほしいというのだ。
しかし賭け事というのは方便で、試合はハムレットの暗殺を目論んだものだった。
クローディアスはレイアティーズと共謀し、剣先に毒を塗り、更に周到にも毒杯を用意しようとしていたのだ。
ホレイショーは不安を感じ、断るよう進言するが、ハムレットは了承してしまう。
やがてハムレットとレイアティーズの剣試合が始まる。
一本目はハムレットが取る。それを祝してクローディアスは毒入りの杯をハムレットに勧めるが、断られてしまう。
二本目もハムレットが取る。ところが喜んだガートルードが、先ほどの毒杯を口にしてしまう。
三本目は引き分けだったが、レイアーティーズは毒を塗った剣先で、油断したハムレットを切り付ける。
逆上したハムレットはレイアーティーズにつかみかかるが、取っ組み合いの際、互いの剣が入れ替わってしまった。
その時、ガートルードの体に毒が回り、息絶える。
騒然とする中、ハムレットは入れ替わった毒のついた剣で、油断したレイアーティーズを切りつける。
傷を負ってしまったレイアーティーズは、クローディアスの口車に乗せられ、ハムレットを毒殺しようとしたことを告白してしまう。
全てを悟ったハムレットはクローディアスを刺した上、毒杯を飲ませて殺害する。
そこにノルウェイのフォーティンブラス王子がポーランド侵攻の帰路、城に立ち寄ったことが告げられる。
瀕死のハムレットは、次期デンマーク王の地位をフォーティンブラスに託すようホレイショーに言い残して息絶えた。
感想
第三幕第一場で、ハムレットはオフィーリアに対し何度も「尼寺に行け!」と罵る。
ところで「尼寺」とはいったい何を意味しているのだろう?
いくつか説があるようだが、自分なりの考えをまとめてみたい。(素人考えなので、間違えがあったとしても大目に見てほしい)
ハムレットの言葉を順を追って見ていこう。
まず、ハムレットはオフィーリアに「お前は美人か貞淑か?」と二者択一を迫る。ハムレットの理屈によると、美しさと貞淑さは両立できず、なまじ美しい女は不貞をはたらくそうだ。(まあ、わかならないでもない)
そしてこの謎理論を次のようにまとめる。
昔だったら逆説ずきのたわごととしか聞こえまいが、どうやら、昨今、時勢が歴(れっき)とした見本を提供してくれたらしい。
(新潮社版 福田恆存訳 以下引用はすべて同じ)
「歴とした見本」というのが分かりにくいが、母ガートルードが、夫が死んで月日が経たぬ間に、その弟クローディアスと結婚したことを念頭に置いているのだろう。
つまり、「美人が貞淑なはずはない」という勝手な理屈は、母親の話をしていると考えられる。
さらに、「お前(オフィーリアのこと)をいとおしいと思ったこともある」と言ったとたん、こう続けてオフィーリアを傷つける。
そう信じこんでいたら、とんでもないまちがいだぞ。もともと、やくざな古木に美徳を接木してもはじまらぬ。結局、親木の下品な花しか咲きはしない ー いとおしいなどとは大嘘だ。
「さっき好きだっていったけど、信じちゃうなんてバカな女だね。だって大嘘だもん・・」
今日の日本でこんなことを言おうものなら、おもいっきりビンタが飛んできても文句は言えないだろう。
ところで「やくざな古木」とはなんだろう?先ほど母親を不義の女と罵った流れからすると、やはりガートルードのことと解釈するのが自然だろう。
だとすれば、そんな親木に接木して咲いた下品な花とは、ハムレット自身のことと思われる。
更に続くセリフでは、そんな罪深い女が生んだがゆえに、自分は多くの欠点を持っていると、自虐してみせる。
なぜ、男に連れそうて罪深い人間どもを生みたがるのだ?このハムレットという男は、これでけっこう誠実な人間のつもりでいるが、それでも母が生んでくれねばよかっとと思うほど、いろいろ欠点を数え立てることができる。
更に自身の欠点をいくつもあげつらったうえ、その欠点を「そこら中のやつら」にまで広げ、「ゆえに誰も信じてはいけない」「尼寺へいくのだ」と理論を飛躍させる。
そこら中のやつらは、一人のこらず大悪党、誰も信じてはならぬ ー 何も考えずに尼寺へ行くのだ
次にハムレットは「結婚」に対し否定的な言葉を繰り返す。
結婚などいうものは、もうこの世から消えてなくなれ ー すでにしてしまったものはしかたがない。ま、生かしておいてやろう、一組を除いてはな。が、ほかのものは、いまのまま生涯ひとりでいるのだぞ。さ、行ってしまえ、尼寺へ。
「一組を除いて」とはクローディアスとガートルードのことだろう。
つまりハムレットが否定する「結婚」とは、母親とクローディアスの結婚を念頭においているのだ。
さて、上記のハムレットの狂言を盗み聞きしたクローディアスはこう述べる。
恋!いや、そうとは思えぬ。いささか脈略を欠いてはいるが、言葉の節々、どうして狂人などであるものか
腹に何かある。
クローディアスはハムレットが狂人のフリをしていると見破り、何か別の意図があるのではないかと訝っている。
一方ポローニアスは相変わらず、オフィーリアにふられた結果、ハムレットは正気を失ったと、思い違いをしている。
クローディアスだけがハムレットの狂言を見破ることができたのは、彼だけがハムレットの言葉の真意を理解できたからだろう。
つまり、ハムレットは一見オフィーリアに対し悪態をつき、「尼寺へ行け」と言っているように見えるが、真意はガートルードとクローディアスの結婚に対する当てつけだったと解釈できる。(実際ハムレットはクローディアスがそこで盗み聞きしていることに気づいて、狂言をしている。)
クローディアスはそれに気づいたため、ハムレットは実は正気のままだと見破ったのだろう。
以上の話をまとめ、ハムレットの真意を意訳してみる。
「父王を愛していたのなら、母は再婚などせず、尼寺にでも行くべきだったのだ。しかしよりによって、あの邪悪なクローディアスのものとなってしまった。なんと不埒な母だろう!そして俺はそんな罪深い女から生まれたゲスな男だ。いや、俺だではない。所詮人間などみな悪党。オフィーリアよ。誰も信じてはいけない。結婚だどしてはいけない。尼寺へいって生涯一人でいてほしい」
概ねこんな感じではないだろうか?
フォーティンブラス本人が登場する場面は2回しかない。
仮に彼が登場しなくても、物語の大筋は成り立つ。
ではなぜシェイクスピアはフォーテンブラスを登場させたのだろうか?
ハムレットとフォーティンブラスの境遇は共通する点が多い。
ハムレットはデンマークの王子。父親は国王で、その名も同名のハムレット。父親が殺された後、現在の王位は伯父のクローディアスが継いでいる。
一方、フォーティンブラスはノルウェーの王子。やはり父親は国王で、その名も同名のフォーティンブラス。こちらの父親はハムレットの父王に決闘で殺され、現在の王位は伯父が継いでいる。
また、ハムレットは現王である伯父を憎んでいるが、フォーティンブラスも現王の伯父との関係が、うまくいっていないことが暗示されている。(フォーティンブラスは王に無断でデンマーク侵攻を目論むが、それに気づいた王に計画を阻まれる)
このようにハムレットとフォーティンブラスを取り巻く環境は、合わせ鏡のように左右対称だ。
また、二人とも父親と同名であることから、父親たちの因縁が子供たちに引き継がれているとも考えられる。
一方、二人の性格は大きく異なっている。
ハムレットは思い切った行動に出ることができす、あれこれ悩み続ける内省的な人物として描かれる。
一方フォーティンブラスはデンマークから土地を取り戻そうと、自ら軍隊を組織する野心と行動力がある。ホレイショーは彼の性格を「血の気の多い世間知らずの若者」と語っている。
このように、合わせ鏡のような境遇を持つハムレットとフォーティンブラスだが、その個性の違いにより、方や全てを失い、方やデンマークを手中にする。二人を待ち受ける運命の違いを浮き彫りにすることによって、ハムレットの悲劇を際立たせているのだ。
フォーティンブラスを登場させた、もう一つの理由として、「ハムレット」が因果応報の物語となっていることがあげられる。
フォーティンブラスの父親の死から始まる「因果」が、ハムレット、更にレイアーティーズへと連鎖し、再びフォーティンブラスにも戻ってくるという構造が仕込まれているのだ。
「ハムレット」によける死の連鎖は以下のようになる。
- フォーティンブラス父王は決闘によってハムレット父王に殺される、その結果ノルウェーは土地の一部を奪われる。息子のフォーティンブラスは、失地回復を目論む。
- この決闘に勝利したハムレットの父王は、弟のクローディアスによって毒殺され、王座を奪われる。
- 王となったクローディアスはハムレットに命を狙われるが、間違ってクローディアスの代わりにポローニアスが殺される。
- ポローニアスの仇をとろうと息子のレイアーティーズはハムレットを殺そうとする。
- ハムレットとレイアーティーズは相打ちで死ぬ。クローディアスもハムレットに殺される。
- フォーティンブラスは新たなデンマーク王となり、デンマーク全土を手中にする。
このように、フォーティンブラスを中心に考えるなら、父親の決闘によって失われた土地が、敵地全土になって戻ってくるという成功物語になっている。
物語「ハムレット」の裏で、フォーティンブラスを主人公としたもう一つの物語があるとしたら、こんなハッピーエンドの物語であったかもしれない。
「むかしむかし、ノルウェーにフォーティンブラスという王子がいました。ところが父親の王様が、デンマークの王と決闘して負けた結果、土地の一部を失ってしまいます。王子は土地を取り戻そうと密かに軍隊を組織しましたが、新たに王となった伯父さんに怒られて断念します。ところがどういう訳かデンマークの王と王子が急死した結果、フォーティンブラスは新たなデンマーク王となったのでした。棚から牡丹餅!めでたし、めでたし。」
この物語で悪事を働いたのは先王を殺したクローディアスだけだ。だから事は単純なはず。さっさと王を殺せば良いのだから。
しかしハムレットの思考は、「クローディアスに復讐する」という明快な目的から離れ、「狂人を装う」という手段に辿り着く。
「狂人になる」⇒「クローディアスの悪事が判明する」⇒「復讐する」という謎の思考に陥っている。
これでは、かえって「俺は危ないやつだ」と、敵に警戒されてしまうだろう。
実際ハムレットのちぐはぐな行動によって、余計な犠牲者が生まれる。(ガートルード、ポローニアス、オフィーリア、レイアティーズ、ローゼンクランツ、ギルデンスターンの6名が無駄死にした・・)
しかし「ハムレットはアホなやつだ」と笑ってはいけない。
当初の「目的」を見失い、まったく見当ちがいな「手段」を用いるとは、いかにもありそうなことだ。
話が「ハムレット」から脱線するが、例えば政府の「少子化対策」などはどうだろうか。
今、日本の最大の問題は「高齢化社会」の到来であろう。
例えば、今後身寄りのない認知症の老人が巷にあふれるとか、介護する職員が不足するとか、年金支給額が減らされ貧困老人が増えるとか、今後大問題となるだろう。(というか、すでに問題になっている)
政府は「高齢化社会」への対策を講じる必要があるにもかかわらず、何故か問題の本質からズレて「少子化対策」に主眼を変えている。
実は「少子化」自体は問題ではない。狭い日本の国土に1億2000万人は多すぎるくらいだ。(と、私は思っている)
「少子化」の一番の要因は「独身者の増加」や「晩婚化」にある。こうした問題は個人の価値観に基づくものなので、政治で解決することは難しい。
私自身、独身のオッサンだが、国からお金をもらえれば結婚できたかというと、自信をもって答えは「否」である。問題はお金以外の所にあるのだ。残念ながら。
つまり政府は政治ではほとんど解決不可能な問題に、大量の税金を投入しているのだ。(かつて子供がたくさんいたのは、「結婚」が強制的な制度として機能していたからだろう。「貧乏」が普通だったのだから。)
「高齢化社会」に対応するための一手段として「少子化対策」がある。(労働人口を増やして年金制度を維持し、労働力不足を解消する)
ところが次第に「少子化対策」自体が目的化され、本当の問題「高齢化社会」がどこかに忘れ去られていないだろうか?
しかも「少子化」は政治では解決できない。仮に成功して労働人口が増えたとしても、彼らが成人して稼いでくれるようになるまでには20数年かかるだろう。
本来の目的から逸脱し、手段が目的化してしまう。その結果、本来の目的を見失い、また余計な問題を引き起こす。
ハムレットに限らず、こんな滑稽な場面は私たちの社会で、あるいは日常の生活の中でたくさん起こっている。
人間の脳はそれほど理性的には作られていない。「ハムレット」とはこんな滑稽な「喜劇」の帰結として生まれた「悲劇」なのかもしれない。
ちょっと話が飛躍しすぎた。異論・反論も多そうなので、この辺でやめておく。