「オセロー」あらすじ&感想 人は何故簡単に騙されるのか?

はじめに

昭和の時代に「3年目の浮気」という歌謡曲があった。「三年目の浮気ぐらい大目に見ろよ~」という歌詞が受けて、大ヒットしたデゥエット曲だ。今でも場末のスナックで十八番としているお父さん達がいることだろう。

実際どの程度の夫婦が浮気を大目に見てもらっているのか、独身の私には知る由もないが、よもや殺人にまで発展するケースは稀だろう。

シェイクスピアの悲劇「オセロー」に登場するヒロイン、デズデモーナは夫のオセローから浮気を許してもらえないどころか、殺害されてしまう。

実際にはデスデモーナは浮気どころか、まったく貞淑な妻だったのだが、オセローは部下イアーゴーの口車に乗せられて、妻の不貞を信じ込んでしまったのだ。デズデモーナとしては、たまったものではない。

しかし何故オセローは簡単に騙されてしまったのだろう? 

 

まずは「あらすじ」を見ていただいた上、「感想」にてオセローの心理面と、簡単に騙されてしまう人の思考回路について、思うところを述べてみたい。

あらすじ

第一幕 オセローとデズデモーナの結婚

夜のヴェニスの街中で、二人の男が会話をしている。

一人の名はイアーゴー。ムーア人の将軍オセローに仕える男だ。

彼は副官への出世を望んでいたが、オセローはその職にキャシオーという名の優男を任命してしまった。

出世の道を絶たれたイアーゴーは密かにオセローを憎んでいた。

もう一人の男はロダリーゴー。彼は貴族の娘デズデモーナに恋心を抱いている。

ところが願いもむなしく、彼女はオセローと婚約してしまった。

つまりオセローには、二人の男から憎まれる理由があったという訳だ。

イアーゴーは失恋で悲嘆にくれるロダリーゴを焚き付け、デズデモーナの屋敷の前でこう叫ばせる。

「貴殿のお嬢様がこっそり家を抜け出しムーア人と会っていますぞ!」

実はデズデモーナは父親の目を盗み、オセローと密会していたのだ。

夜中にたたき起こされた父親のブラバンショーは、娘が家にいないことに気づき、慌ててオセローの元に駆け付けた。

娘がたぶらかされたと思い、オセローを捕らえて牢獄に閉じ込めようとしたのだ。

一方ちょうどそのころ、ヴェニス政庁ではキプロス島侵攻を目論むトルコ軍への対応が検討されていた。

ヴェニス公はキプロス島を救助するため、オセローに出陣の要請をしようと緊急会議を招集した。

一触即発だったオセローとブラバンショーは、共に呼び出され、ヴェニス政庁に向かう。

しかし怒りが冷めやらないブラバンショーは、会議そっちのけで、”娘がオセローにたぶらかされた”とヴェニス公に訴える。

むろん父親がそう言ったところで証拠がない。そこでデズデモーナ本人が呼び出され、証言することとなった。

やがてデズデモーナが現れ、オセローに対する誠実な思いを告白する。

娘の気持ちを知り、ブラバンショーも諦めざるを得ない。「達者に暮らすがよい」と別れを告げる。

ようやく本題のトルコ軍対策会議が始まり、オセローはキプロスに出陣することに決まった。

デズデモーナもオセローと共にキプロスに向かうことになる。

なにやら新婚旅行を兼ねた出陣のようだが、とりあえずは二人は無事結ばれ、めでたしめでたしだ。

一方、オセローにデスデモーナを奪われたロダリーゴーは未練たらたらである。

そんなロダリーゴに、イアーゴーは「俺が何とかしてやろう。そのためには金を用意しておけ。金だぞ。金が大事だ・・・」と焚き付ける。

狡猾なイアーゴーは、”キャシオーとデズデモーナが浮気をしている”とオセローに思い込ませ、嫉妬に狂わせてやろうと企んでいたのだ。

第二幕 酒で身を亡ぼすキャシオー

キプロス島では、すでにトルコ軍は嵐で撃退され、危機は去っていた。

オセロー達が島に到着すると、イアーゴーはロダリーゴーに「デズデモーナは色男のキャッシオーに惚れているぞ!」と嘘を吹き込む。

若い娘が黒い顔をしたムーア人に心を寄せたのは一時的な気の迷いで、若くて容姿の優れたキャシオーに気持ちが移るのは当然だと言うのだ。

最初ロダリーゴは訝るものの、イアーゴーの口車に乗せられ、しだいにデズデモーナとキャシオーの仲を疑い始める。

更にイアーゴーは「今夜キャシオーは夜警の番だ。その時彼を怒らせ大騒動を起こそう」とロダリーゴーをそそのかす。

騒ぎの責任をキャシオーに負わせ、彼を失脚させようと考えたのだ。

その晩はトルコ軍撃退の祝賀で町中が宴会騒ぎだった。

イアーゴーは夜警に出かけようとするキャッシオーに無理やり酒をふるまい、泥酔させてしまった。

酔ったキャシオーはロダリーゴーの挑発に乗ってしまい、喧嘩を始めてしまう。

キプロス総督だったモンターノーが喧嘩をやめさせようと仲裁するが、逆にキャシオーに殴られ、怪我を負う始末。

騒ぎを聞きつけたオセローは、キャッシオーを叱責し、その場で副官から解任してしまう。

イアーゴーの策略通りである。 

我に返って後悔するキャシオーだったが、後の祭りだ。

落ち込むキャシオーにイアーゴーは「オセロー様はデズデモーナ様に夢中だ。奥様に復職の口利きをお願いしてはどうか?」と耳打ちをする。

これもイアーゴーの策略だが、キャシオーは知る由もなく「よいアイデアだ!」と乗り気である。

第三幕 オセローの頭によぎる、デズデモーナへの疑惑

イアーゴーの奸計により、オセローはデズデモーナの不貞を疑い始める

キャシオーから口利きの相談を受け、デズデモーナはオセローにキャシオーの復職を願い出る。

かわいいデズデモーナの願いとあれば、無下には断れない。オセローは「今は答えることはできないが・・・まあ、考えておこう」と曖昧な返事を返す。

ところが彼女が去ると、イアーゴーはオセローに「今のところ証拠はございませんが、奥様はキャシオーに気があるようです。奥様がキャッシオーと一緒のときはご注意ください・・」と二人の浮気をほのめかす。

オセローはデズデモーナに限ってそんな不貞はありえないと思うものの、イアーゴーの巧みな誘導で、しだいに妻に疑念を抱くようになる。一方イアーゴーに対しては「お前の行為は生涯忘れぬ」と、信頼を寄せる。

貞淑な妻を疑い、イアーゴーを信じるとは、オセローは人を見る目のない男である。

イアーゴーが去ると、立ち代わりデズデモーナとエミリアが現れる。エミリアはデズデモーナの侍女だが、イアーゴーの妻でもある。

デズデモーナは青い顔をしてるオセローを心配し、ハンカチで額を縛ろうとするが、オセローはハンカチを地面に落としてしまう。

そのハンカチはかつてオセローがデズデモーナに贈った大切なものだった。

エミリアはかねて夫のイアーゴーから「奥様のハンカチを盗んでこい」としつこくせがまれていたのを思い出した。

イアーゴーはそのハンカチを、キャシオーとデズデモーナとの浮気の証拠に仕立てようと企んでいたのだ。

そうとも知らずエミリアは、二人が食事に立ち去った後、ハンカチをひろい、再び登場したイアーゴーに渡してしまう。

すると、デズデモーナへの疑惑が頭から離れなくなったオセローが、再びイアーゴーの元に戻り、「そんなに言うなら、妻の不義の証拠を見せてみろ!」と迫る。

イアーゴーは「オセロー様が奥様に贈ったハンカチで、キャシオーが髭を拭いているのを見ました」と嘘をつく。

「やはり妻の不貞は本当だったのだ!」とオセローは怒りで我を忘れてしまう。

そしてイアーゴーにキャシオーの殺害を頼む一方、デズデモーナについては自ら殺めようと画策する。

イアーゴは新たな副官に任命され、全てが思い通りだ。

落としたハンカチはイアーゴーの手中へ

後日、デズデモーナはオセローにキャシオーの復職の件がどうなったかを尋ねる。

ところがオセローは彼女の問いには答えようとせず、風邪を引いたので以前自分が贈ったハンカチを貸してくれという。

ところが、あのハンカチは落としてしまい、今ここにはない。

オセローは激怒する。「失くしてしまったのか?言え!どこにやってしまったのだ!」

ハンカチくらいのことで、逆上するオセローにデズデモーナは不安を感じるが、彼女も負けてはいない。キャシオーの復職がどうなったのか、しつこく聞こうとする。

「私の話をはぐらかさないでください。キャシオーをもとの位に戻してあげて!」

しかしデズデモーナがキャシオーの復職に拘れば拘るほど、オセローの疑念と苦痛は膨らんでいく。

一方、イアーゴはキャシオーを罠にはめるため、密かに例のハンカチをキャシオーの部屋に忍ばせていた。

キャシオーは誰のものとも知れないハンカチを見つけ、その美しい模様に魅了されてしまう。

そしてその模様を写し取ってもらおうと、情婦のビアンカに渡してしまった。

第四幕 嫉妬に狂う男

ハンカチは不貞の動かぬ証拠

オセローの嫉妬は激しく、妻の浮気の現場を想像しただけでも気を失って倒れてしまうほどだった。

しかしイアーゴーは更にオセローを嫉妬させ、精神的に追い込もうとする。

イアーゴーはオセローにキャシオーの会話を盗み聞きさせようと、物陰に身を隠れさせる。

そうとも知らずにやってきたキャシオーに、イアーゴーはこう尋ねた。「で、あの女とはどうなったのだ?」

あの女とはキャシオーの情婦ビアンカのことだった。

「つまらない女さ。俺に惚れているようだがね。あんな娼婦と結婚する気はないよ」とキャシオーは答えるが、隠れてい聞いていたオセローは、デズデモーナの話をしていると勘違いをする。

「俺の妻と浮気をし、さらに侮辱までするとは!」もはや怒りで爆発する寸前だ。

続けてそこにビアンカが通りかかる。

「よくよく考えてみたら、なんで私があなたのためにハンカチの模様を写し取らなければいけないの?」と、彼女は以前キャシオーから預かっていたハンカチを返そうとした。

それを見ていたオセローは驚く。「あれは俺がデズデモーナに贈ったハンカチではないか!」

不義の証拠も見つかり、もはやデズデモーナとキャシオーの関係は疑いようがない。

キャシオーが去ると、オセローは妻を殺害するため、イアーゴーに毒を用意するよう命ずる。

しかしイアーゴーは毒ではなく、不貞を働いたベッドの上で絞め殺すようにと勧める。

一方イアーゴー自身はキャシオーの暗殺を約束する。

オセローの怒りにふれ、戸惑うデズデモーナ

オセローの前に、デズデモーナとヴェニスからの使者であるロードヴィーコーが現れる。(念のため、”ロダリーゴ”とは別人である。ややこしいが・・)

ロードヴィーコーはオセロー宛てのヴェニス公の親書を携えていた。

親書には”キャシオーを後任とし、貴殿は帰国せよ”との命令がしたためられていた。

デズデモーナは、これでキャシオーが復職できると喜ぶ。

しかし、オセローはデズデモーナが嬉しそうにする様子を見て「この悪魔め!」と彼女を叩き、「消え失せろ!」と罵った。

デズデモーナはオセローの怒りの理由が分からず、泣きながら立ち去ってしまう。

使者のロードヴィーコーも、正気を失っているとしか思えぬオセローの悪態に、ただ驚くばかりだ。

更にオセローは部屋にデズデモーナを呼びつけ「お前は悪魔にも等しき不義を働いた。売女め、恥を知れ!」と責め立てる。

そう言われても彼女は身に覚えがない。「私が何をしたと言うのでしょう?あまりにもひどうございます」と抗議するも、オセローは聞く耳を持たず、部屋から出て行ってしまう。

後に残されたデズデモーナは、何故オセローが怒っているのかを理解できず、エミリアとイアーゴに苦しみを打ち明ける。

エミリアもオセローのあまりの態度を怪訝に思い「きっと旦那様はどこかの悪党に騙されているのです」とデズデモーナを励ます。まだエミリアはその悪党が自分の夫だとは気づいていないのだ。

イアーゴーも「虫のいどころがわるかっただけのこと。それで奥様に八つ当たりをしたのしょでう」となだめるのだった。

第五幕 悲劇の結末

キャシオー暗殺未遂

ロダリーゴーはイアーゴーにたぶらかされ、夜道を歩くキャシオーを襲い殺害しようとする。

ところが逆にキャシオーの反撃に会い、ロダリーゴーは傷を負ってしまう。

その様子を見ていたイアーゴーはキャシオーの背後を襲い足に傷を負わすが、とどめを刺すことはできず、いったんその場を離れる。

一方、物陰に隠れ様子を伺っていたオセローは、キャシオーが殺されたと思い込み、早々とその場を立ち去ってしまう。

(どこまでもオセローは早合点する男だ。)

騒ぎを聞きつけたロードーヴィーコーとグラシャーノー(デズデモーナの叔父)が現れると、イアーゴは再び登場しキャシオーの救助を演じる。

そして口封じのため、瀕死のロダリーゴーを切りつけた。

騒ぎを聞きつけやってきたエミリアは、事件の顛末をデズデモーナに告げようと、その場を立ち去る。

デズデモーナの死

外が大騒動になっているとき、デズデモーナは寝室で眠りにつこうとしていた。

そこに、妻の殺害を決意したオセローが現れる。

デズデモーナは夫のただならぬ様子に怯え、身の潔白を再度訴えるが、オセローは聞く耳を持たず、彼女を絞め殺そうとした。

そこにキャシオーの騒動を知らせようとエミリアが現れるが、彼女の目の前でデズデモーナは息を引き取る。

エミリアはオセローがデズデモーナを殺害したことを知り、声を上げる。

「ムーアの奴が奥様を殺してしまった!人殺し!」

声を聞きつけモンターノー、グラシャーノー、そしてイアーゴー達が駆け付ける。

オセローは彼らにデズデモーナの不貞を訴え、その証拠として自分が贈ったハンカチをキャシオーが持っていたことを挙げた。

これを知ったエミリアは、夫のイアーゴーが事件の黒幕だったと悟り、ハンカチを自分が拾ったこと、そのハンカチをイアーゴーに渡してしまったことを告白する。

オセローはようやく自分が騙されていたことに気づき、イアーゴーを切りつけようとするが、モンターノーに遮られてしまう。

その隙にイアーゴーは妻のエミリアを刺し殺し、逃亡するが、やがて捕らえられ、オセロー達の前に引き立てられる。

イアーゴーの全ての悪だくみが明らかにされ、キャシオーの汚名も回復された。

しかし、オセローは官職、指揮権をはく奪される。

愛する妻の命を自ら殺めてしまったオセローは、失意の中、隠し持っていた剣で自ら命を絶つのだった。

感想 

なぜオセローは簡単に騙されてしまったのか?

オセローはどのような人物だったのか?イアーゴーはロダリーゴーとの会話の中で、オセローの人物像を次のように語っている。

ムーアは万事おおまかで、こまかいことに気を使わない、他人を見る目も、うわべさえ誠実そうにしていれば、それだけのものと思い込んでいる。鼻面とって引き廻せば、どこへでもおとなしくついてくる、全く驢馬よろしくだ。

なるほど、万事おおまかで、こまかいことは気にしないということは、よく言えば豪放磊落だが、裏を返せば単純で思慮に欠けているとも言えそうだ。

例えば、もしオセローに理性が働いているなら、少なくとも以下の点はしっかり確認するだろう。

  • キャシオーとイアーゴーの立ち話にでてくる「あの女」とは誰のことか?
  • なぜキャッシオーが、妻のハンカチを持っていたのか?
  • そもそもイアーゴーの話しは信頼できるのか? 

しかしオセローの思考はこうした要確認事項を全て飛ばしてしまう。そして「妻が不貞を働いた」という虚構の物語から逃れることができない。

ただ優秀な軍人の主人公が、あまりにも簡単に騙されるようでは、物語のリアリティーを損ないかねないだろう。「優秀な人物がこんなにバカなはずがない」と。

そのためシェイクスピアはストーリーに二つの伏線をしのばせたのではないかと思う。

一つはデズデモーナの父親ブラバンショーの呪い。もう一つはムーア人であるということだ。

デズデモーナは良家の娘であるにも関わらず、夜、家をこっそり抜け出し男の家に出入りしている。時代を考慮すれば相当大胆な女性と言えそうだ。

ブラバンショーはオセローに対し、こう吐き捨てている。

その女に気をつけるがよいぞ、ムーア殿、目があるならばな。父親をたばかりおおせた女だ、やがては亭主もな。

このブラバンショーの言葉は、発言の時点ではそれほどオセローに影響を与えたようには見えない。

しかしデズデモーナが父親を騙していたという事実が、その後オセローの意識の深層で眠り続け、不貞の疑惑により「自分も騙されているかもしれない・・」との妄想に姿を変えていったのではないだろうか。

父親の言葉が呪いの言葉へと変化し、娘とその夫を破滅へと追いやってしまったのだ。

(ちなみに、ブラバンショーは娘の結婚にショックを受け、その後間もなくして死んでしまったことが、物語後半のグラシャーノーの言葉で明らかになる。そう考えるとデズデモーナの行動は案外罪深いのだ。)

またオセローがムーア人であったことは、この物語の最も大き注目点だ。

ムーア人であるオセローが、黒人だったのかアラブ人だったのかについては異なる説があるようだが、黒い肌であったことは間違いない。おそらく白人社会で様々は差別を体験してきたことだろう。

作中でも黒い肌を揶揄される場面は繰り返しでてくる。

シェイクスピアがわざわざムーア人を主人公に添えたということは、こうしたコンプレックスを主人公の背後に忍ばせておくためだろう。

「こんな俺を、若くて美しい女が愛するわけがない・・」

意識の深淵にあるこうした負の感情が、妻の不貞といった妄想に姿を変えてしまったとしても不思議ではない。

父親の呪いとムーア人であることのコンプレックスが、イアーゴーのそれほど緻密とも思えぬ奸計と結びついたことにより、妻の殺害という最悪な結果を招いたのだろう。

オセローとイアーゴーの意外な共通点

一見オセローとイアーゴーのキャラクターは陽と陰のように対をなしている。

オセローは裏表のない豪放な性格で、軍人としても高く評価されている。一方イアーゴーは陰謀を巡らす策士で、副官への出世がかなわず、くすぶっている。

二人の性格や立場は真逆ではあるが、共に妻を殺して自ら破滅への道を進むという同じ韻を踏んでしまう。

二人に共通するのは「妻に対する疑念」の感情に捕らわれているということだろう。

オセローのデスデモーナに対する不信は”あらすじ”で見たきた通りだ。

ここではイアーゴーの立場を想像してみたい。

イアーゴーの目的は、副官となったキャッシオーを失脚させ、自分が副官の地位を得ることだ。だから、もう十分に当初の目的は果たしたはずだ。

にもかかわらずイアーゴーは手を緩めることなく、オセローを執拗に追い詰める。

このイアーゴーの動機は一見わかりにくい。

しかしイアーゴーは、妻エミリアとオセローの間に不貞の関係があったのではないかと、疑念を抱いている。

それだけでなく、妻とキャッシオーとの関係さえ疑っていることがうかがえる。

これが本当ならエミリアは二人の男と浮気しているのだから、相当な悪女である。

しかしエミリアとオセロー、キャシオー達の会話から浮気を起想させる言葉を見いだすのは困難だ。

イアーゴーもオセローと同様、”妻の不貞”という妄想を抱いていたのではないだろうか。

そう考えれば、オセローを破滅に追い込もうとするイアーゴーの執念が、こうした妄想から生まれたと解釈できる。

シェイクスピアは、オセローとイアーゴーという二つの相対する個性を対比させなながら、”妻の不貞”という共通の妄想に取りつかれ、理性を失い、同じ結末に辿り着くという悲劇を描こうとしたのではないだろうか。

他人事ではない。簡単に騙される人々

かくも簡単に騙されてしまったオセローだが、はたして我々は哀れな主人公を「愚かな人間だ」と一笑に付すことができるだろうか?

ネット上には嘘か誠か分からない怪しげな情報が氾濫している。

不確かな情報をもとに、薄っぺらい正義感から他人を誹謗中傷する人や、根拠不明な陰謀論に踊らされて人生を棒にふってしまう人が後を絶たない。

過去に起こった悲劇的事件を、多くの証言があるにもかかわらず無かったことにし、歴史を修正しようとする人もいる。

なぜ私たちの脳は、こんなにも情報を間違えて解釈してしまうのだろうか?

先日「どういうタイプの人間が陰謀論にはまるのか?」という興味深い記事を読んだ。

結論を言うと「熟慮性が低い人」や「社会不安や不満が高い人」ほど陰謀論にはまりやすいという。特に熟慮性の低さが大きな要因となるようだ。これはある意味常識通りの結果で、特に意外性は無い。

(確かにオセローの性格も単純で、人種的なコンプレックスを持っている。陰謀論にはまりやすい人物像と一致している。)

物事を正しくとらえるためには、「知識」と「論理」の二つの面から地道に「熟慮性」を高めていくしかないだろう。

「知識」とは、できるだけ幅広い事実を集め、見たくないものであっても直視する能力だ。

「論理」とは、集めた事実を整合性を保ちながらストーリーとして構築し、結論へと導く能力だ。

多くの陰謀論は、事実の断片だけを都合よくつなぎ合わせて、居心地の良い結論へと誘惑する。(今も、「トランプ元大統領暗殺未遂事件は民主党近辺の仕業」と言わんばかりの記事を読んだばかりだ。いくつかの事実らしきものをつなぎ合わせ、強引に結論を導き出した内容だったが、こんなものが大手ネットメディアの記事となっているのだ。)

「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」とは、ユリウス・カエサルの言葉だが、2000年以上たった今も変わっていない。

私たちは、先入観やコンプレックスのバイアスに捕らわれ、直観的に物事を判断してしまう。しかしいったん立ち止まり、熟慮する態度こそが、世界を正しく認識する一歩となるだろう。

嘘を吹き込まれたオセローは、確かに一人の妻を殺した。しかし不確かな情報が氾濫する現代では、虚構を信じ込んだ人間によって、もっと多くの人々が傷つけられ、死に追いやられているということを忘れてはならない。

「オセロー」の名言

人間、ああなるのも、こうなるのも、万事おのれ次第だ。おれたちの体が庭なら、さしずめ意思が庭師というところさ、となれば、いら草を植えようと、ちさの種を蒔こうと、ヒソップを生やしておいて毒麦を引き抜こうと、はたまた何か一種類だけにしようと、なんでも手あたり次第そこら中に蒔き散らかそうと、いやさ、それもだ放ったらかしの枯れ放題にしよいと、せっせと肥しをやって育てようと ・・・・  万事あれやこれやと事を運ぶ力も役目も、みんなおれたちの意思にあるのだ。

失恋に絶望し死のうと考えるロダリーゴに対し、イアーゴーが投げかける言葉。

人間を土地に例えれば、そこに草を植えるのも、荒れ放題にするのも、全ては自分の意思次第という訳だ。

何でも神様のせいにする中世と異なり、意思の力で未来を変えようとするイアーゴーに、ルネサンス人の姿を見ることができる。

現代に暮らす我々にとっても教訓になりそうな言葉だが、イアーゴーの言う意思は悪への意思だ。話半分に聞いておくとしよう。

妬きもちやきなら、覚えがないだけでは安心いたしませぬ。何かあるから妬くのではない、妬かずにはいられないから妬くだけのこと、嫉妬というものはみずから孕んで、みずから生れ落ちる化け物なのでございますもの。

夫の怒りを不信に思うデズデモーナに対し、エミリアが投げかける言葉。

理性をもって考えれば、嫉妬ほど無駄なものはない。

話は変るが、以前勤めていた会社に若くてきれいな女性社員がいた。後から人に聞かされて驚いたのだが、彼女は妻子ある60代のオッサンと社内不倫していたというのだ!

私は嫉妬に狂った。しかしよくよく考えてみれば、私が何か失った訳でもないし、彼女と付き合ってもらえる訳でもない。

一体何に対して腹を立てているのだろう?

嫉妬が無意味なものだと頭では理解しても、どうしようもなく湧いて出てくる。怒る必要のないものに怒り、悲しむ必要のないことを悲しむ。つくずく人間とは愚かな存在だと思った。

おお、この燃える焔なら、一度消しても、また元の姿に返せもしよう、なんの悔いることがあろう。が、お前の命の火は一度消してしまえば、名工自然の揮った(ふるった)見事な鑿(のみ)の印は跡形もなくなる。プロミーシュースの火がどこにあるかを知らぬおれには、お前のうちに二度と命の火を燃え上がらせることは出来ぬのだ。

デズデモーナの殺害を決意し、寝室にやってきたオセローが、妻の寝顔を見ながら語る言葉。

妻の姿を名工の彫った彫刻に例える言葉や、命をプロメテウスの火に例える表現は美しく、オセローが思わず殺害を躊躇する様がうかがえる。

ところで、こんなに妻を愛していたのなら、何も今慌てて殺すこともないだろうと思う。

オセローがもう少し「熟慮性」を持ち、あと二三日我慢していれば、やがて怒りも収まり、デズデモーナも命の火を絶やすことはなかっただろう。

悲劇の多くは、一時的な感情に身を任せたことによって引き起こされる。

当ブログも書き終えた後、二三日してから再度読み返し「熟慮」した上で投稿することにしよう。